月別アーカイブ: 2010年10月

愚作から生まれる次の力

Ipadoを購入してから自分の気に入った写真の整理をするようになった、ある一時期アールヌーボであるかないかはさておきそんなような飾りのある女を作っていた、
そして今日このような写真にでくわした、なんとも奇妙である、独りよがりで破廉恥である、
だがその時期私の脳みそは非常によく回転していた、
このようなものを当時の学生が喜んでくれていたと聞く、
無益なもの無用なものを受け入れてくけるだけの余裕があった、

願わくば愚作から生まれる次の力を待ってほしい、
最近の写真に2、3の人から非常にきつい言葉でおしかりをいただきそれに弁明をしましたが、はたしてそれはいいのがれでしょう、
彼らはまだ私に期待をもっていてくれるのだ、
その熱が冷めないうちに、
あついあついエロの世界にもどりましょう。

杉浦則夫緊縛桟敷 より原稿掲載

投影 ~小林一美を求めて~ 古本屋

第五章 、古本屋

なるべく嵩を減らさねばならない。
問題は写真集や雑誌を入手しても、その隠し場所が無いことであった。部屋は与えられていたが、プライベートなど何の保証もない年齢であり、これは少年にとっては大問題となる。購入資金を親からどう頂くか、よりも深刻と言えた。
結果。
嵩を出来るだけ低くし隠し易くする事で、親の目から逃そうと決めた。
私は「小林一美」と、ごく数人のお気に入りのモデルを手元に残す一方で、大半のページを捨てていったのだった。写真集、雑誌の区別は無い。
シュレッダーのごとく、ハサミで細かく細かく切り刻んでゴミにした。今思えば、なんと勿体無い!なんと残酷な作業!
その後の私の人生が苦難の連続なのは、ひょっとしてその時捨てられた彼女たちの怨念のせいかもしれない。

以上余談。

高校生となった私の、小林一美探しの主戦場は古本屋であった。休日は、目ぼしい古本屋の梯子が常となる。身分が身分であったので、なんと言っても安いのが助かった。
時に、他のモデルに浮気する事もあったが、限られた予算の中では、なにより小林一美が優先される。雑誌の投稿欄に、小さく切り取られた彼女を発見した。そんなものまで片っ端であった。

途中、雑誌の撮影同行記で、彼女が業界著名人の奥方様であるとの記事を読んだ。後に、これは誤報と判明するのだが、その時は「人妻・小林一美」をリアル世界に想った。
また、「小林一美」の名前で、ポルノ映画に出演が決まったとの記事も憶えている。その記事近辺に上映された映画がビデオ復刻される度に、キャストをチェックするのだが、それらしい名前をみつける事は出来なかった。

ここで、自販機本「美人OL・蜜虐」(美女・呪縛)の存在を記しておく。

裏表紙で、藤色のブラウススーツの彼女が、縄で作られた巨大な蜘蛛の巣に捉えられている様は鮮烈であった。後手に縛られているわけでも、胸縄が掛かっているわけでもない。しかし、緊縛愛好者の深層にある情景を見事に表現していたと思う。

この時のモデル名は「小林一美」。一冊全部が彼女だ。それだけで本を抱きしめたくなった。
A5、B6の画像サイズでしか彼女を知らなかった私にとって、刺激的だったのは、一回り大きな自販機本のB5の紙面だった事だ。彼女の肌感をよりリアルに感じる事が出来た。

ドラマ仕立ての内容で、彼女が性奴へと落ちていく過程が順を追って描かれている。男優との絡みもそれまでの緊縛グラビアには見当たらない。
自ら想像力をめぐらせ、緊縛姿の彼女と戯れるSM雑誌の系譜とは違った興奮を感じた。

野外撮影のカットも、それまでに無いものであった。冒頭、彼女はビルの屋上で着衣のままオナニーにふける。
最近になって、30年前にそれが撮影されたと思われる東京西池袋のビルを探し当てた。今度機会があれば訪問したいと思う。
聖地巡礼のごとく、時を越えて彼女の気配に触れる事は出来るだろうか?

「蜜虐」は、SM雑誌およびその周辺とは、全く別に突如現れた“大物”であった。

以降、私の小林一美探しは、自販機本をも含むことになる。案の定、「蜜虐」の小林一美が、別な自販機本の表紙を飾っていたり、といった具合だ。

これは、彼女の存在する世界、彼女を探求する世界が爆発的に拡大したことを意味する。
古本屋の本棚も、天井近くから足元まで、これまで以上に丹念に確認する必要があった。

終わりが見えなくなっていく。

杉浦則夫緊縛桟敷撮影風景 ツイッター実況中継

その1


先週10月18日の撮影風景です。

ツイッターで実況中継していましたが、
画像が掲載されていませんでしたので、補足。

次回ツイッター撮影実況中継は明日10月25日午前10時頃から始まります。

その2

その3

その4

杉浦則夫ツイッター

杉浦則夫緊縛桟敷

B&Wの面白み

モノクロ写真において色を想像し色を感じられる一枚を見た時、当人にとって理想の色ずけを想像しているせいかカラー写真をみるよりも心地よく見る。

だいたいそういったモノクロ写真は黒と白のバランスがうまく構成されている、この一枚は数ある私のモノトーンの写真のうちでそれをみることのできる写真だ。

投影 ~小林一美を求めて~ 礼服

第四章 、礼服

後になり、昭和55年中(正確には54年12月から)の小林一美の緊縛グラビアは、和服と洋服が偏ることなく発表されていた事を知るのだが、私の場合は、たまたま白い着物、朱色の振袖と和服先行であった。

記憶を整理すると、洋服の彼女と出会うのもさほど時間を置いていないはずなのだが、それだけ私には、強烈な印象だったのだろう。きっと、「花筐」を捲るたびに、彼女との濃密な時間を感じていたに違いない。ともあれ、「小林一美=和服」のイメージは固まっていた。
それだけに、洋服を着た小林一美の登場には、完全に不意を突かれたのだった。

彼女は、黒い礼服姿で現れる。

派手なコサージュからすると喪服ではないらしい。背後の闇に溶け込むような黒い礼服は、肌の白さを際立たせていた。はじめて目にしたパンスト姿は艶かしく、その薄い生地越しに、小林一美のあの吸い付くような柔肌を感じる事が出来た。
彼女は、吊られ開脚させられて、苦痛に、あるいは恥辱に顔を歪めている。浮き上がった肉体を遮るものはない。3次元空間を存分に使った縛り、それを切り撮った画像に、私は興奮するばかりであった。

和服同様、礼服姿の小林一美もまた、見事に縄を着こなしていた。
彼女の衣装棚が埋まっていくほどに、「肉体と縄は一体」という確信はますます深まっていく。

本屋ではなかった。
掲載誌は、雨上がりの空き地で発見した。友人宅へ続く抜け道に入る手前、見覚えのある雑誌が草むらに捨てられているのが見えた。表紙に小さな蝸牛がくっ付いていたのを、生々しく憶えている。
私は人目が無いのを確認すると、急いで中身を見る。濡れてヘロヘロになったページを、破れないように丁寧に捲ったところで、その小林一美を発見した。

開脚姿で吊られている事から、55年SMセレクト4月号掲載の「淫靡な書道」のほうであると思われる。

8月にも、「嗜虐の風が媚肉を擽る」というタイトルで、同じ礼服姿が掲載されている。バナナフェラが印象的で、これも強烈な印象を残した作品だが、こちらには吊られているカットは存在しない。

「淫靡な書道」では、小道具として配置された、彼女の自筆と思われる(あるいはそういう設定の)「松竹梅」と書かれた書道作品。そこには、「小林一美」と署名されている。一方の「嗜虐の風」に、「小林一美」なる署名が確認できるカットはないので、先にこちらのタイトルに出会っていたなら、あるいは「小林一美」は「小林一美」でなかったかもしれない。

ともかく。

私はそのセレクト誌を握り、友人宅とは反対方向へ歩き出した。 息が弾んだ。
そのように捨てられ、汚れてしまったものを、後生大事に持ちかえるなんて!

その頃、捨てられた自販機本を目にする機会は珍しくなかった。大半は、雨に濡れ日に焼け、ページも破れて本としての体裁を失っていたが、なかには捨てられて間もない、綺麗なままのものも見られた。それでも、手に取る気にはならない。本というより、やっぱり“ゴミ”に違いなかったからだ。
初めて拾ったエロ本が、セレクト誌。しかも彼女が掲載された号だった。その時はなんの不思議も感じなかったが、後年振り返り、つくづく奇跡的なめぐり合わせだと思った。

「今なら…」と考える。
もし、捨てられた小汚いエロ本に、小林一美の画像が掲載されていたら。

やはり持ち帰るだろうな。うん、これは断言してもいい。