放課後のむこうがわ 19


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放課後のむこうがわ 19

 わたしが夢から醒めたときには……。
 もう、窓からの光が、だいぶ傾いてた。
 一瞬、自分がどこにいるのかわからなかったけど……。
 剥き出しの下半身が、すべてを思い出させてくれた。
 裸のお尻に、鳥肌が立ってた。

 教室を見回しても、ともみさんもあけみちゃんもいなかった。
 今度こそ、置いてかれたみたい。
 誰もいない教室で、下半身裸でいることが、いたたまれなかった。
 誰かに見つかるんじゃないかって、恐ろしくなった。

 わたしは、隠しようもない下腹部を晒したまま階段を駆け降りた。

「あぁ」

 安堵の溜息が、声になって零れた。
 1階の床には、わたしのスカートと鞄が落ちてたの。
 わたしが戻るのを待ってくれてたみたいに。
 鞄はともかく、スカートが無ければ、校舎を出ることさえ出来ないんだからね。
 ほんとにホッとした。
 ショーツは見当たらなかったけど。

 スカートを着けてあたりを見回した。
 でも、あの2人の姿はもちろん……。
 あの2人の持ち物も、何ひとつ残ってなかった。
 わたしを置いて、2人で行っちゃったのかと思うと、切なかった。
 でも、スカートや鞄を置いてってくれた気持ちが、すごく嬉しかった。
 わたし、小学校のころ、虐められてた時期があってさ。
 よく、持ち物隠されたんだよね。

 鞄を抱えて木造校舎を出ると、体育館脇の通用口から新校舎に戻った。
 鍵が掛かってるんじゃないかって心配したけど、大丈夫だった。
 人影のほとんど無い新校舎を駆け抜け、寄宿舎まで一直線。

 その晩は、なかなか寝付けなかった。
 疲れてたはずなのにね。
 ともみさんとあけみちゃん、2人と知り合えた興奮が収まらなかったんだ。
 新しい友だちが出来たっていうより……。
 わたしにとっては、肉親に出会えたみたいなもの。
 そう、“変態”という血を分けた、かけがえのない肉親なんだよ。

 翌日は、放課後が待ち遠しかった。
 もちろん、また2人に会いに行こうと思ってさ。
 終礼のチャイムが鳴ると、真っ直ぐに体育館脇に向かった。
 人通りの絶えたタイミングをはかり、通用口を抜ける。
 踏み段から駆け出したわたしの脚が……。
 止まった。

 無かったのよ。
 木造校舎が。
 確かにきのう、木造校舎のあった場所は、テニスコートになってた。
 わたしは、ふらふらとコートまで歩いた。
 確かに、ここだったはず。
 でも、何度見回しても、何もない。
 まだ部活が始まってないらしく、コートには誰もいなかった。
 テニスボールがひとつ、赤土の上に転がってた。

 いくら何でも……。
 たった一晩で校舎が取り壊されて、テニスコートに変わるわけがない。
 場所を間違えて覚えてたんだって思った。
 記憶が混乱してるんだって。

 それから、校内を探しまわった。
 隅から隅まで探した。
 でも……。
 木造校舎なんて、どこにも無かったの。
 小さなものを探してるわけじゃないんだよ。
 校舎なんだからね。
 見つからないわけ、無いじゃない。

 もちろん、諦めきれなかった。
 翌日も探した。
 その翌日も。
 でも見つからない。
 勇気を出して、新しいクラスメイトにも聞いてみた。
 木造校舎への行き方。
 答えはひとつだった。
 そんなもの知らないって。
 みんなして口裏合わせて、わたしに教えないんじゃないかって思った。
 やっぱり、わたしの友達は、あの2人しかいないんだ。
 探すうちに、どんどんそう思いこんでいった。
 絶対見つけてやるって……。
 意地になった。

 何日探したろう。
 その日の放課後も、木造校舎への入口を探して、校内を歩きまわってた。
 そしたら、体育館脇の通用口あたりで、音楽の先生と鉢合わせしたの。
 ていうか、その先生、わたしのこと待ってたみたいなのよね。
 転校して間もなかったから、音楽の授業を受けたのは、まだ数えるほどだった。
 でも、初めての授業のときから、ヘンな気がしてたんだ。
 わたしのこと、じっと見るの。
 転校生だから、気にかけてくれてるのかなとも思ったんだけど……。
 なんか、粘り着くみたいな視線を感じてね。

 で、わたしは一礼して擦れ違おうとしたんだけど……。
 先生に声をかけられた。

「棚橋さん?
 だったわよね」
「はい」
「何かお探し?」
「い、いいえ。
 別に」
「それじゃ、少しいいかしら?
 お話ししたいことがあるの。
 音楽室に来てくれない?」

 気が進まなかったけどね。
 転校早々、教師に楯突くわけにもいかないし……。
 渋々、後をついて行った。

 音楽室の扉を開けると、中は真っ暗だった。
 窓に緞帳が下がってたの。
 暑かった。

「今開けるわね」

 先生は、教壇に近い緞帳を、一面だけ開けた。
 窓の外から西日が射して、床材の木目に伸びた。
 新しい鉄筋校舎だったけど……。
 音楽室だけは、床も壁も、木製だったんだよ。

 先生は、窓も少しだけ開けた。

「あんまり、風入らないわね。
 少し暑いけど、我慢して。
 寮に帰ったら、お風呂入れるでしょ?
 あ、そこ座って」

 先生は、ピアノ椅子を指差した。
 グランドピアノの前に据えられた椅子。
 一瞬、試験でもさせられるのかと思った。
 でも違った。

「部活とか、決まった?」
「いいえ」
「よかったら、写真部に入らない?
 わたしが顧問をしてるの」
「はぁ」
「どうやら……。
 わたしのこと、覚えてないようね」

 わけもわからず、先生を見上げた。

「それじゃ、これならどうかしら?」

 先生の両手が、顔の脇まで上がると……。
 メガネのセルフレームに添えられた。
 フォックス型の黒セルだった。
 先生は、メガネをゆっくりと外した。

「あ!」
「やっと、気がついてくれたみたいね」

 メガネフレームの外れた顔は、つるんとした卵みたいだった。
 そう、その顔はまさしく、あの「あけみちゃん」にそっくりだったの。

 でも、木造校舎で見た「あけみちゃん」は、間違いなく同年代の子だった。
 それに対し、目の前の先生は、どう見ても二十代後半……。
 ひょっとしたら、もっといってたかも。

「会ったでしょ、この顔に?
 木造校舎で」

 わたしは、うなずくしか無かった。

「もっとも、年齢は違うけどね。
 あの子、誰だと思う?」
「妹さん、ですか?」
「ハズレ。
 あの子の名前、覚えてる?」
「あけみ……、ちゃん」
「そう。
 そしてわたしの名前は……」

 先生は、扉の脇を指差した。
 そこには、火元責任者を表示するプレートが掛かっていた。
 プレートに書かれた名前は……。

【岩城あけみ】

第二十話へ続く

文章 Mikiko
写真 杉浦則夫
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放課後のむこうがわ 19」への6件のフィードバック

  1. やみげん

    「この木造校舎、もう少し全体が写った画像はありませんか?」
    執筆を依頼してまもなく、Mikikoさんから問い合わせがあった。作品イメージの手がかりにしたいと仰せである。

    はて、校舎外観が写った作品なんかあったかな?私は、当時のマニア倶楽部のグラビアを漁り始める。
    無いなぁ…。
    そりゃそうだろ、女体緊縛がメインなのだから。
    ならば。と、私の所蔵する木造校舎の写真集や廃墟の写真集、そしてネット画像で、当該「廃校」を探した。

    岩城あけみさんが紺ブレの制服で寄りかかる、木造校舎の外壁と見比べながら検証する。うーん…似たようなのは、あるにはあるんだけど、どれも細部が違っているぞ。
    「申し訳ございません。見当たりませんでした。」と返信文を書き始めた時、「あれ?もしかして…」、ある作品を思い出した。

    初期のアートビデオ作品で、復刻版もリリースされているSM作品の中に、この木造校舎はあった。
    ありがたいことに、周辺の山道から、学校グランド、校舎の外観、入り口から入って、廊下、教室内と、なぞるように数十秒に渡って映し出されている。早速、現物をMikikoさんに送らせて頂いた。

    「おー!これだこれ、間違いない!こんなトコロに居てくれたのね!」
    ビデオを一時停止し、外壁に使われた木板の枚数を数える。ちゃんと一致した瞬間。
    もやもやとした、説明の付かないノスタルジックな感情が、数十年の時を超え、目の前で一つの焦点を結んだ。不思議な感覚。

    実は、私は一足先にこの物語の結末を知っているのだけど、それと同質な感動が、「放課後のむこう側」の底流にあるのだと思う。

    次回、いよいよ最終回。

  2. Mikiko

     わたしは、木造校舎で学んだことはありません。
     でも、あの写真を見て沸き起こったのは、やはりノスタルジックな感情でした。
     今回の作品を書く工程は……。
     わたしの中で折りたたまれていた記憶を、丁寧に開いていく作業に似ていたかも知れません。

     やみげんさんに送って頂いた映像は……。
     舞台を立体的に把握するのに、たいへん役立ちました。
     もちろん、わたしの中で組みあがった校舎は……。
     実物とは、まったく違うものでしょうけど。

     今回、そして次回の最終回は……。
     実は、一番最初に書いたシーンなのです。
     物語が、うまくラストシーンに収斂してくれたか……。
     それは、読者の判断にお任せするしかありません。

  3. ハーレクイン

    うーむ。
    そうきたか。

    十数年の時を経てめぐり逢う、あけみちゃんと里/ミサ。
    そうか、『放課後』はタイムパラドックスSMロマンだったか。
    いやしかし、あと1回あるしなあ。
    最後にもうひと捻りあったりして。

    ともみさんはどうしたのかなあ。

    やみげんさん。

    木造校舎のアートビデオの作品って、どんなんでしょう。
    よろしければ、タイトルをお教えいただければ嬉しいのですが。

  4. 海苔P

    今回、読んで私は好からぬ妄想に走ってしまいました。
    第3回で女教師=ともみ
    て、言ってましたがやっぱり その妄想が止まらないです。

    第1回のコメントに書いた。
    タイムスリップしたみたいな
    発言にきっと
    1回目から落ちを言うな!
    バカ女と思ったことでしょう。
    本当にごめんなさいね♪

    ラストは、きっともっと驚く展開だと期待してます。

  5. やみげん

    ハーレクイン様

    返信遅くなりました。
    89年作品のアートビデオ「悪夢の迷宮」です。主演の吉田蜜流さんは、当時、マニア倶楽部はじめ、多数のSM誌グラビアでよく見かけた人気のモデルさんでした。
    木造校舎が使われてるのですが、内容は学園モノではありません。ホラーちっくな、なんとも幻想的な作品です。今時の“抜く”為だけの作品と違い、ちゃんと物語があり。個人的には、今でも傑作だと思います。

  6. ハーレクイン

    やみげん様

    こちらこそ、わざわざご教示いただいておきながら返信が遅くなり、
    失礼申し上げました。
    ありがとうございます。探してみます。

    「物語がある」というのがいいですねえ。
    ただ“やりまくる”だけの作品には、なかなか感情移入できず、
    つまらない場合が多いですから。

    それにしても、やみげんさんにこのような物言いは誠に失礼ですが、
    「さすが」ですねえ。
    ビデオや、グラビアや、写真集や……。
    各種の資料をきちんと保存されておられるんですねえ。
    私も、少しでも見習いたいと思います。

    ありがとうございました。

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