放課後の向うがわⅡ-2


 先生は背を向けると、わたしを促すように先導した。
 広い部屋の奥まった一角。
 電球の光が、ようやく届くあたり。
 美術の教科書に載ってた、レンブラントの絵を思い出した。

「面白い装置をお見せするわ」

 先生は、パフォーマーみたいな仕草で、手の平を向けた。
 でも、その手に示されたものが何か、わからなかった。
 青いシートが被せられてたから。
 ほら、工事現場とかにあるでしょ?
 青い色のゴワゴワのシート。
 電球の光が、シートの皺に染みてるように見えた。

「それでは、ご披露しましょう」

 先生はシートの端を握ると、大げさな身振りで宙に抜きあげた。
 青いシートの擦れ合う音が、思いのほか大きく聞こえた。

「何だと思う?」

 見たことのないものだった。
 大きな机に載ってる。
 カメラが置かれてる机より、もっと大きくて、頑丈そうな机。
 ほら、学校で『技術』の授業をする部屋があったでしょ。
 大きな机が並んでる。
 机っていうか、作業台よね。
 がっしりした、柱みたいな脚が付いてるヤツ。
 目の前にある机は、まさしくその作業台だった。
 そこには、金属製の不思議な機械が載ってた。
 言葉で説明するのは難しいけど……。
 美弥子さんのお父さんって、釣りとかしない?
 そう。
 それじゃ、わからないかもね。
 わたしの父は、海釣りが趣味でさ。
 道具とかにも凝ってたの。
 その釣竿に付いてる、リールって知ってる?
 釣り糸を巻き上げる道具ね。
 作業台の上に載ってる機械は、まさにそのリールに似てた。

 キラキラと輝く金属製のドラムに、巻き上げ用のハンドルが片側に付いてた。
 でも、芯に巻かれてるのは、釣り糸なんかじゃなかった。
 飴色のロープが、幾重にも撚れ重なってた。
 芯から出たロープは、斜め上方に向かって伸び……。
 太い梁を渡ると、その先は、真下に下がってる。
 これだけ見れば、リールの用途はなんとなくだけどわかる。
 梁の下にある何かを、持ちあげる機械なんだって。
 リールは作業台に、ただ置いてあるだけじゃなかった。
 ボルトで固定されてた。
 その作業台の脚も、分厚い金具で床に固定されてる。
 たぶん、重い荷物を持ちあげるために。
 でも、その荷物が何かは、わからなかった。
 リールに掛けられてたと同じ、青いシートが張られ、ロープの途中から下を隠してた。

「この機械、何て云うかわかる?」

 わたしは、クビを横に振った。

「これはね、手動ウィンチって云うの。
 ウィンチって、聞いたことない?
 4WDの車なんかにも付いてるけど……。
 重いものを巻き上げる機械ね。
 ま、普通のウィンチは、動力で巻き上げるわけだけど……。
 このウィンチの場合は、まさしく人力。
 このハンドルを、人間が回すのよ。

 綺麗な機械よね。
 ステンレスなんだって。
 覗きこむと、顔が映るのよ。
 でも何で、こんなものがここにあるか……。
 わかんないでしょ?
 それを説明すると長くなるんだけど……。
 ざっと話しとくわね」

 あけみ先生は、腰の後ろで腕を組み、作業台をゆっくりと巡りながら話し始めた。

「まずは、この建物のことからになるわね。
 この妙ちくりんな趣味の建物は、後になって増築されたものなの。
 3年前だったかな。
 建てたのは、もちろん理事長。
 あなたも、転入面接で会ったでしょ。
 驚いたんじゃない?
 若くて。
 わたしより、2つ上でしかないのよ。
 何で、そんな若くして理事長になれたかって云うと……。
 前理事長の娘だからよ。
 5年前、前理事長が急死したの。
 代々、女系の支配する家らしいわね。
 で、ヨーロッパに留学してた娘が呼び戻されて……。
 理事長の椅子に座ったわけよ」

「前理事長は、立派な方だったわ。
 わたしも、短い期間だけどその下で働いて、まさしく薫陶を受けた。
 でもね。
 その娘はいけなかったわね。
 前理事長みたいな立派な教育者が、どうして娘をあんな風にしか育てられなかったのか……。
 ほんと、不思議だわ。
 ヨーロッパに留学ったって、怪しいものよ。
 遊学の一種じゃないの。
 遊び歩いてたんでしょ。

 理事長を継いでしばらくは、大人しくしてたみたいだけど……。
 そのうち地金が出てきた。
 なにしろ、前理事長の夫は早死にしてて……。
 一人っ子なわけよ。
 早い話、遺産も独り占め。
 ま、若くして、お金も権力も手に入っちゃったら……。
 わたしだって、好きなことの一つや二つするでしょうから。
 一概には避難できないけどさ。
 でも……。
 この建物は、やりすぎよね。
 ヨーロッパのお城みたいでしょ。
 ああいう建築物はさ、まわりの環境と調和してるから、素敵に見えるわけよ。
 こんな、鉄筋校舎の隣に建てたら……。
 学校に隣接してラブホが建ったみたいじゃない。
 鉄筋校舎にあった理事長室が狭いって理由だけで、こんなの建てちゃうんだから……。
 呆れるわよね」

 先生は腰の後ろに手を組んで、講義をするように作業台を巡った。
 ステンレスだというウィンチの地肌に、先生の姿が映ってた。
 部品のカーブにしたがって、映る姿はさまざまな形に歪んで見えた。
 別の世界が映ってるようだった。

「で、この部屋の話よ。
 どうしてここが、こんな倉庫みたいな状態で放置されたのか。
 早い話、予算オーバーね。
 もちろん、当初の設計では……。
 この部屋にも、ちゃんと用途が割り振られてた。
 何だと思う?
 理事会室。
 文字通り、理事会が開かれる部屋よ。
 それが、こうなっちゃったのは……。
 まさしく、あの理事長のせい。

 工事が始まってからも、次から次へと設計変更してさ。
 あ、わたしね。
 理事長から、工事の進捗状況をチェックする係に任命されてたの。
 で、毎日ヘルメット被って、工事現場に通ったわ。
 理事長が思い付きで指示を出して帰った後……。
 現場監督の人は、資材を蹴りあげてたものよ。

 で、業者の方も、当然余計なお金がかかってるわけだから……。
 理事長に、変更契約を求めた。
 ところが、一向に応じない。
 実際のところ、ほんとにお金が無かったらしいんだけどね。
 というわけで……。
 業者も怒っちゃって、最後に残ったこの部屋の工事を止めちゃったのね。
 でも、考えてみれば……。
 いらないのよ。
 理事会室なんて。
 だって、理事会なんて形だけで……。
 みーんな、理事長が決めてるんですからね。
 で、この部屋は、内装に入る前の状態で放置されたってわけ。

 でもほら、上見てごらん。
 太い木の梁が渡ってるでしょ。
 何本も。
 それを支える柱も、あんなに太い。
 あなた、チェーダー様式って知らない?
 イギリスのチューダー朝時代の建築様式ね。
 カントリーハウスによく使われてるわ。
 ほら、高原のロッジとかペンションとかにあるでしょ。
 真っ白い外壁で……。
 柱や梁を塗りこめないで、外に見せてる造り。
 白壁に、黒っぽい柱と梁が縦横に渡って……。
 所々に、斜めの梁も入ってる。
 絵本の中に出てくる、おとぎの国の家みたいなの。
 なんとなくわかるでしょ。
 ここの内装を、あんな感じに仕上げたかったらしいのよ。
 で、骨組みとなる柱や梁が組みこまれたとこで……。
 工事中止ってわけよ。

 でも、ほら。
 上、見てごらんなさい。
 梁の上に鉄骨が見えるでしょ。
 こんな外見してるけど、鉄骨造りなのよ。
 だから、こんな立派な柱や梁も、結局は飾りってこと」

 あけみ先生は、天井を差した指を下ろすと、作業台を回るのを止めた。
 そして、わたしを真っ直ぐに見た。

「なんだか気分出てきちゃったわ。
 講義を始めると、体の芯から火照るみたい。
 ここ、蒸すのよね。
 ねえ。
 美里ちゃん。
 ここから先は、特別講義よ。
 授業料は取りませんけど……。
 その代わり、講義にふさわしい身支度をしてもらいます。
 この美しい機械が、なぜここに据え付けられることになったのか……。
 それを語るわたしも、それを聴くあなたも……。
 一対一の特別講義には、特別な衣装が必要なの。
 と言っても、着替える必要は無いわ。
 脱ぐだけ。
 でも、真っ裸じゃ、衣装とは言えないわよね。
 なので、脱ぐのは下だけ。
 下半身だけ丸出しってのは……。
 全裸より、ずっとラジカルな姿よ。

 ヌーディストビーチって知ってる?
 人々が、公然と裸で過ごせるエリア。
 全裸になっても、恥ずかしくない場所。
 裸になるのは、自然に還ろうって趣旨のわけだからね。
 そこまで出来ない女性でも、上だけ脱いでトップレスで過ごしてる。
 全裸か、トップレスの世界。
 でもね。
 絶対にいないわよ。
 ボトムレスは。
 なぜならそれは……。
 高邁な主張とは無縁な姿だから。
 そう。
 まさしくそれは、変態そのものの姿。

 わたしね。
 ときどき休日に、学校に来ることがあるの。
 忙しいわけじゃないのよ。
 むしろ、忙しくない時期を狙ってる。
 忙しいときには、ほかの先生も出てるでしょ。
 ひとりになりたいのよ。
 教員室で。
 守衛室で鍵を借りるとき、何気ない声で聞くわ。
 ほかに出て来てる先生はいる?、って。

「いいえ、先生だけです」
「そう」


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《説明》
杉浦則夫の作品からインスピレーションされ作られた文章作品で、長編連載小説のご投稿がありました。(投稿者 Mikiko様)
本作品は7/13まで連続掲載、以後毎週金曜日に公開される予定となっておりますので、どうぞお楽しみに。
前作を凌ぐ淫靡と過酷な百合緊縛!「川上ゆう」さん、「YUI」さん登場予定作品です。
時を越え、再び出会った美里とあけみ。現在に戻った美里は、さらなる花虐へと誘われていく…。


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