放課後の向うがわⅡ-6


 先生は、鏡の角度を調節しながらわたしの脇に据えた。
 姿見を離れた先生が、わたしの前に戻った。

「ほら。
 どう?
 すっごいヤラシイ」

 鏡に映る教師と生徒。
 生徒は、壁を背にしている。
 白いブラウス。
 そのブラウスは、短い裾まで見えてた。
 裾の下から、尻たぶの窪みが覗いてる。
 対する教師も、チェックのオーバーブラウス。
 でも、ウェスト下で一直線に切れた裾の下には、何も着けて無い。
 薄暗い電球の下……。
 お尻は、皮を剥かれた桃みたいに見えた。

 先生は、見つめていた鏡から、視線をわたしに戻した。
 わたしは、身を固くした。
 ひょっとして、さっきの続きをしてもらえるのかも……。
 なんて期待も、少しあった。

「さて。
 こんなことしてると、日が暮れちゃうわね。
 じゃ、もう少し講義を進めましょうか。
 この、素敵なスタイルでね」

 先生は、わたしの前を離れて歩き出した。
 ブラウスの下に実る桃が、重そうに揺れた。

「この手動ウィンチの話だったわよね」

 先生は、作業台の上に載る綺麗な機械に手を置いた。

「なんでこんなものが、ここに据えられることになったのか。
 この部屋の工事が、途中で放棄されたことまでは話したわよね。
 理事長の気まぐれで、次々と設計変更になってるのに……。
 理事長が、変更契約に応じなかった。
 で、業者も怒って……。
 当初の契約額では、この部屋の内装は出来ないってことになったわけ。
 でも、理事長だって、意地を張ってたわけじゃ無いのよ。
 早い話、無い袖は振れないってこと。
 お金が無かったのよ。
 内装だけなら、後からでも出来るって思ったんでしょ。
 でも、残念ながら……。
 未だにその時のままってわけ」

「で、ウィンチの話よね。
 この部屋を残して、工事がほぼ終了するころだった。
 工事中も、理事長はたびたびヨーロッパに遊びに行ってたんだけどね。
 工事終了間際になって、とんでもないお土産を持って帰ったのよ。
 と言っても、手で持って来たわけじゃないけどね。
 持てるものじゃ無いから。

 なんだと思う?
 ピアノよ。
 アンティークピアノ。
 船便じゃなくて、航空便で送ったのね。
 どうしてもそれを、理事長室に入れたいからって。
 完成間際の工事現場に、それが届いた。

 で……。
 例によって、理事長と現場監督で、すったもんだよ。
 もっと早くだったら、問題なかったの。
 ほら、さっきホールから登ってきた階段があったでしょ。
 あれは、最後に取り付けられたのよ。
 その前までは、あのバルコニーのあった場所に、資材搬入用のリフトが付いてた。
 あれだったら、アップライトピアノのひとつくらい、運び上げられたと思う。
 でも、あの華奢な階段じゃ無理よ。
 ちょっとバランス崩しただけで、手すりが外れて転落だもの。

 もちろん現場監督は、搬入出来ませんってはっきり断った。
 だけど、理事長も譲らない。
 このピアノが入らなければ、この建物は完成しないって。
 “画竜点睛を欠く”なんて、古風な言い回しまで使ってた。
 聞いてて吹き出しそうになったわ。
 こんなロココ調の建物に、“画竜点睛”も無いものよね。
 って、腹で笑ってたら、なんと、お鉢がこっちに回ってきた。
 わたしが、現場監督との交渉係に命じられちゃったのよ。

『あなたの任務は、このピアノを理事長室に運び入れること。
 方法は、問いません。
 でも、出来ませんでしたって言葉は、絶対に使わないでちょうだい』

 言外に、『出来なきゃクビよ』って威圧が感じられたわ。
 『辞めてやるわよ!』って言えれば、どんなに気持ちよかったかしら。
 でも、出来なかった。
 だって、この学園は……。
 ともみさんと繋がれる、唯一の場所だったから。
 ひょっとしたら、ともみさんが訪ねて来るかもしれない。
 その場に、わたしがいないわけにいかないじゃない?
 というわけで、交渉係の任を、ありがたく拝命したわけ」

「現場監督とは、進捗状況報告係として、すっかり顔馴染みになってた。
 頭ごなしに命じられると反発するけど……。
 下手から頼まれると断り切れない人だってことも、わかってたし。
 それに……。
 わたしに気があるってこともね。
 で、それに乗じてお願いしたわけよ。
 ピアノが入れられなければ、クビになりかねないって言ったら……。
 ひどい話だって、顔を真っ赤にして、自分のことのように怒ってくれた。

『使われる者の辛さは、ボクもわかります。
 ボクが断ったら、あなたが困るわけですよね。
 わかりました。
 やりましょう。
 このピアノは、あなたのために運び上げます』

 見事、交渉成立。
 だけど、問題は方法よ。
 建物の中から搬入できないのなら……。
 外から入れるしか無い。
 ピアノが通るほどの窓は、この理事会室にしかなかった。
 ということで、この窓から入れるしかないって結論は、あっさりと出た。
 だけど、そう……。
 問題は方法よ。

 この窓の下にクレーン車が付けられれば……。
 大した問題は無いのよ。
 でも、それが出来なかった。
 この窓の下がどうなってるか、あなたも知ってるでしょ?
 そう。
 幾何学模様の整形庭園。
 ベルサイユ宮殿を真似たんだってさ。
 もちろん、規模は比べ物にならないけど。
 で、この庭園が、先に出来ちゃってたの。
 密植した生垣も、刈り込みが終わってた。
 つまり、いったん引っこ抜いて、また元に戻すってことが出来ないわけ。
 水糸まで張って刈り込んだエッジが、崩れちゃうものね。
 というわけで、さぁ困ったよ」

「で、出た結論がこれ。
 ピアノは台車に乗せて、迷路みたいな園路を通し、この窓の下まで運ぶ。
 あとは、窓から引っ張りあげる。
 もちろん、人力なんかじゃ無理だから……。
 動力が必要。
 それで……。
 こいつね」

 あけみ先生は、手の平を上に向け、人差し指を伸ばした。
 その指の先には、キラキラと輝くリールみたいな機械。
 そう、手動ウィンチ。

「でも、この機械の選定でも、ひと悶着あったのよ。
 現場監督は、電動のウィンチを設置するつもりだったの。
 いくつかカタログ取り寄せて、わたしにも見せてくれた。
 でも、問題は、購入費ね。
 もちろん、普通だったら……。
 施工業者が仕入れて、納入業者に代金を支払う。
 で、施工業者は、施主に請求するわけよね。
 でも、変更契約にも応じない施主でしょ。
 下手すりゃ、ウィンチ代、施工業者の持ち出しよ。
 だから、現場監督も考えたわけね。
 ウィンチは、学校さんで買ってくれと。
 うちは中に立たないから、代金は納入業者に直接払ってくれって。
 ピアノの搬入は、こっちで責任持って行うからって。

 それを聞かされた理事長は……。
 微妙な顔したわね。
 あれは絶対、踏み倒すつもりだったのよ。
 でも、現場監督も、この条件を譲らなかったし……。
 何より、工期が迫ってた。
 で、理事長も渋々、条件を呑んだわけだけど……。

『こっちで購入するからには、機械もこっちで選定させてもらうわ』

 ってさ。
 敵もさる者だって……。
 あとから、現場監督がこぼしてた。

 で、カタログを取り上げ、パラパラとページをめくって……。
 選んだのが、これよ。
 綺麗だからってのが、選んだ理由みたいに言ってたけど……。
 わたしは、それが一番の要因とは、思わない。
 手動だったからよ」

「現場監督は、ピアノの搬入は責任持って行うって言ってたからね。
 口約束でも、一度言ったことは絶対守る人だってこと……。
 理事長も、ちゃんとわかってたのよ。
 で……。
 少しでも、困らせたかったんでしょうね。
 電動ウィンチで、するする上げられたら面白くないって。
 それで……。
 手動の機械を選んだのよ。

 どう。
 この機械が、ここに設置されたバカないきさつ……。
 わかったでしょ。
 この作業台も、そのとき造り付けられたのよ。
 ドラムより大きな円を描くハンドルを回さなきゃならないから……。
 床に設置するわけにいかなかったの。
 この点では……。
 理事長の意地悪が功を奏したって言えるかもね。

 で、ピアノの搬入なんだけど……。
 これが、あっけないほど上手くいったのよ。
 理事長は、面白くなさそうだったけど。
 この、手動ウィンチ、見た目以上に性能が良かったってこと。
 巻き上げに、ほとんど力なんて要らないの。
 落っことしたら、取り返しのきかないピアノだったから……。
 安全を期して、2機も設置したんだけどね。
 たぶん、1機で十分だったと思うわ。
 ほら、上を見てご覧なさい。
 鉄骨の梁に、まだ滑車がぶら下がってるでしょ。
 あそこにワイヤーを渡して、窓の外のピアノを吊り上げたわけ。
 ほんとに軽々と上がった。
 大した機械よ」

 あけみ先生は、犬の頭を撫でるように、ウィンチの肌をさすった。

「でも、それ以来……。
 このウィンチが働く機会は無かった。
 たった一度の晴れ舞台。
 それ以後は、この薄暗い部屋で、ビニールシートを被ってたわけ。
 工事完了後、この部屋は施錠されちゃったしね。
 開かずの間ってこと。
 この機械とは、3年ぶりの対面だったわ。
 あ、わたしがこの部屋に入れるようになったいきさつは……。
 後で話すわね。
 さてと……」

 あけみ先生は、機械を愛でるように伏せていた瞳を上げて、真っ直ぐにわたしを見た。

「ちょっと、おしゃべりが過ぎたみたいね。

 モデルさんがお待ちかねだわ」


本作品のモデル「岩城あけみ」の緊縛画像作品はこちらからご購入可能です。

《説明》
杉浦則夫の作品からインスピレーションされ作られた文章作品で、長編連載小説のご投稿がありました。(投稿者 Mikiko様)
本作品は7/13まで連続掲載、以後毎週金曜日に公開される予定となっておりますので、どうぞお楽しみに。
前作を凌ぐ淫靡と過酷な百合緊縛!「川上ゆう」さん、「YUI」さん登場予定作品です。
時を越え、再び出会った美里とあけみ。現在に戻った美里は、さらなる花虐へと誘われていく…。


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放課後の向うがわⅡ-6」への3件のフィードバック

  1. やみげん

    怒涛の6連続掲載、お疲れ様でした。これで、ようやく「Mikiko’s Room」とほうと追いつきましたね。
    岩城あけみさん、まだまだ先生として物語を牽引しますが、画像のほう、一応ここまでです。いよいよ、来週より新たな登場人物が加わります。

    前作を凌ぐ、過激な緊縛シーンにご期待下さい。

  2. Mikiko

     今回分までの画像の選定は、すべてやみげんさんにお願いしました。
     画像の付けられない場面が続き、ご苦労をおかけしたことと思います。
     ほんとうにありがとうございました。

     なお、この連載は、本来、6月8日から始まる予定だったんです。
     それが、諸般の事情により、開始が1ヶ月伸びてしまいました(わたしの方の事情ではありません)。
     その遅れを取り戻すため、序盤は連続掲載になるという説明を、やみげんさんから受けました。
     その時は、何の不審も感じなかったんですが……。
     今、わたしの脳裏には、ある疑惑が生じてます。
     これは、やみげんさんと『緊縛新聞』さんによる策略ではなかったかと。
     つまり……。
     長いイントロ部分を1週間おきに掲載してたら、読者が離れてしまいかねない。
     そこで、イントロ部分は一挙に通過させ、そのまま本編になだれこませようという、恐るべき計略。
     何も知らないわたしは、悪の組織にまんまと載せられてしまったようですね。
     でも、この「イントロ一挙通過方式」、悔しいですが、正解だったとしか思えません。
     てなわけで……。
     次回からは、課題としていただいた画像の場面となります。
     毎週金曜日、朝7時。
     お忘れなく!

  3. ハーレクイン

    なるほどー

    やみげん&『緊縛新聞』、悪魔の軍団(ショッカーかい!)の策略。
    イントロが長いMikikoの悪癖。下手したら、イントロだけで物語が終わってしまいかねぬ(んなアホな)。
    で、心配したやみげんさんと、『緊縛新聞』さんが、イントロ部分をいっき読みさせるように仕組まれた、と。
    ふむ。

    で、いよいよ明日より(あ、もう今日か)『放課後Ⅱ』本編に突入、と。
    毎金、朝7時。
    朝7時は早いなあ。
    『放課後Ⅰ』では、昼12時半、だったと思うが。
    まあ、いいや。

    楽しみだなー。

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