2019年6月28日

橋本忍 と、師である 伊丹万作 との【原作物を脚本化する】ことについての会話。(ちなみに1941年の会話である)

伊丹「原作物に手をつける場合には、どんな心構えが必要と思うかね」

瞬間だが私は正座のまま両腕を組んだ。

橋本「・・・牛が一頭いるんです」
伊丹「牛・・・?」
橋本「柵のしてある牧場みたいな所だから、逃げ出せないんです」

伊丹さんは妙な顔をして私を見ていた。

橋本「私はこれを毎日見に行く。雨の日も風の日も・・・あとこちと場所を変え、牛を見るんです。それで急所がわかると、柵を開けて中へ入り、鈍器のようなもので一撃で殺してしまうんです」

伊丹「・・・・・」

橋本「もし、殺し損ねると牛が暴れだして手がつけられなくなる。一撃で殺さないといけないんです。そして鋭利な刃物で頚動脈を切り、流れ出す血をバケツに受け、それを持って帰り、仕事をするんです。 原作の姿や形はどうでもいい、欲しいのは血だけなんです」

これは橋本忍の「複眼の映像-私と黒澤明」という本からの抜粋である

そしてこう続いている

伊丹さんは私から視線を外し、天井を見た。天井の一点をじっと見つめたまま息の詰まるような長い沈黙が続いていたがやがてそっと言う。

「君の言うとおりかも…いや、そうした思い切った方法が手っ取り早いし、成功率も意外に高いのかもしれない。ライターが原作物に手を付ける場合にはね…しかし橋本君」

伊丹さんは視線を自分に向けた。その厳しい瞳には微かだが柔和な慈愛に似たものが滲み広がり始めている。

「この世には殺したりせず、一緒に心中しなければいけない原作もあるんだよ。」

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