放課後の向うがわⅡ-48


 美里は、テーブルの新聞を持ち上げた。
 紙面の幅いっぱいに書かれた『なでしこ 銀』の文字。
 美里の掲げる古い写真に、同じ新聞が写っていると言う。
 いったい、どういうことなのか。

「この写真を撮ったころだって……。
 もちろん、『なでしこ』が、女子サッカー日本代表の愛称だってことくらい知ってたわ。
 でも、『銀』って、いったいどういうことだろう?
 だって、あのころの女子代表は、そんなに強くなかったもの。
 だけど、去年のワールドカップには、びっくりした。
 まさか、あんなに強くなってたとはね。
 あれよあれよという間に勝ちあがって……。
 なんと、決勝まで残った。
 テレビや新聞では、初めての快挙だって熱狂してた。
 それで確信したのよ。
 あの鏡に映ってた新聞は、未来のものだったんだって。

 でも、去年のわたしは、まだ高3で……。
 転校先のあの高校にいたでしょ。
 この写真に写ってるものには、何ひとつ見覚えが無かった。
 どうすることも出来ないまま……。
 ワールドカップ決勝を見てた。
 結果……。
 見事、アメリカを下し、世界一になった。
 『銀』じゃなかったのね。
 よく考えれば……。
 ワールドカップって、あんまり『金銀銅』とか言わないもんね。
 ということは……。
 この新聞に書かれてる記事は、オリンピックのものじゃないのか?
 もちろん、いつのオリンピックか判らないけど」

 美里は、ティーカップを口元で傾けた。
 小さな喉仏が、別の生き物のように動いた。

「で……。
 この春、大学に入学して、東京に出てきた。
 そして思いがけず、美弥子さんと再開できた。
 わたしがあの高校に転校したのは、1年の秋だから……。
 2年半ぶりの再開よね。
 美弥子さんは、驚くほど大人びて見えた。
 もちろん、高1のときだって、抜きん出て綺麗だったけど……。
 大学生になった美弥子さんには、気圧されるほどのオーラを感じたわ。
 会った途端、虜になった。
 気がついたら、跡をつけてた。
 で、このマンションに上げてもらったのよね。
 もちろんその時は、この写真のことなんて忘れてたわ。
 でも、このベランダと、白いテーブルセットを見た瞬間……。
 稲妻に撃たれた」

「写真に写ってたのは、ここだったんだ。
 ということは……。
 あの写真の『銀』は、ロンドンオリンピックである可能性が高いと思った。

 そして、オリンピック。
 『なでしこ』は、予選リーグ、そして決勝トーナメントを、順当に勝ちあがって行った。
 ついに決勝。
 相手は、去年のワールドカップと同じ、アメリカ。
 一睡もしないまま、午前3時45分の試合開始を待った。
 そして、ホイッスルが鳴った。
 おそらくこの日……。
 日本中で、一番アメリカを応援してたのは、わたしだったと思う。
 手に汗を握るってのが、大げさじゃなく、ほんとのことだって初めてわかった。
 そしてようやく、試合が終わった。
 『なでしこ』の『銀』が確定したのよ。

 すぐにこのマンションに来たかったんだけど……。
 号外が出るまで待たなきゃならない。
 美弥子さんが早朝の街に出て、号外をもらって来るとは思えなかったから。
 それなら、この号外は、わたしが持ちこまなきゃならないじゃないの。

 ジリジリする思いで、時間の経つのを待った。
 でも、どうしても待ちきれず、外に出た。
 駅前まで行っても、号外が配られてる様子は無かった。
 配られるまで待っていようかとも思ったけど……。
 気持ちが急いて、1ヶ所に留まっていられなかった。
 そのまま電車に乗り、このマンションの最寄り駅で降りた。
 駅前のロータリーに出ると、小さな人だかりが出来てた。
 その輪を抜けて来る人の手に、新聞が握られてる。
 わたしは駆け寄った。
 そして……。
 この新聞を手にしたの。
 同じだった。
 『なでしこ 銀』。
 活字が、一面の幅いっぱいに踊ってる。
 新聞を抱きしめながら、このマンションに向かったわ」

 美里は、そう言うと、カップを置いた。
 眼の前に掲げた写真から上げた目を、ベランダの外に向けている。
 日差しに細めた目に、空が映って見えた。

「そろそろいいわね。
 写真の中の空と、おんなじ色になってきた。
 ここまで言えば、もうわかってるわよね。
 そう。
 3年前のあの日、鏡の向うから現れたのは……。
 ともみさんじゃなかった。
 美弥子さん。
 あなただったのよ。
 でも、美弥子さんが率先して行ってくれるなんて、とても思えなかった。
 ならば、わたしがプロデュースするしか無いじゃない?」

「オリンピックで、『なでしこ』が『銀』を取ったこの日……。
 もし、美弥子さんが、あの部屋に現れなかったら、どうなるのか?
 それは、わたしにもわからない。
 たぶん、誰にも。
 でも、それを試すのは、あまりにも怖い。
 あの日、確かに美弥子さんは、鏡の向うから来たのよ。
 そして……。
 ま、あれから起こった出来事については、また別の日に話してあげる。
 今日はもう、時間が無いから。
 さ、いい子にして行ってきてね。
 あの日を完結させるために。
 さもないと、あの日の4人は……。
 永遠に、あの理事会室に閉じこめられてしまう。
 もちろん、根拠は無いけど。
 そんな気がするの。

 さて、おしゃべりが過ぎたわ。
 大丈夫。
 準備は、すべて出来てる。
 美弥子さんが眠ってる間にね。
 寒くない?
 陽が射してきてるから、平気よね。
 裸でも。
 ふふ。
 起こさないように脱がすの、大変だったんだから。
 でも、ほんとに綺麗なおっぱい。
 白いテーブルと、裸の上半身。
 まさしく、この写真とおんなじ。
 それから……。
 これ」

 美里は、椅子の上で身を捻り、背もたれの後ろを指さした。
 そこには、縦長の大きな鏡が据えてあった。

「リビングから持ってきたのよ。
 大きさといい、形といい、あの理事会室にあった姿見と、瓜二つ。
 見た瞬間、ぜったいこれだと思った。
 美弥子さんは、この鏡を通って、向こうの鏡から出たのよ。
 そう、きっともうすぐ……。
 この鏡には、薄暗い理事会室が写るわ。
 どう?
 気分出て来た?
 まだ行く気にならない?
 ふふ。
 やっぱりこれが必要ね」

 そう言って美里は、自分のお腹の下を覗きこんだ。
 テーブルに隠れて見えないが、美里の太腿には、何かが載ってるようだ。

「わかるでしょ?
 これは、寝室にあった。
 探すまでも無かった。
 ベッドの上に投げ出してあったんだから。
 ふふ。
 夕べも使ったでしょ?」

 美里は、両手で捧げ持つように、それを持ち上げた。
 テーブルの縁を越え、思ったとおりの物が現れた。

「そう。
 あの日の美弥子さんは……。
 股間から、男性のシンボルを突きあげてた。
 あの日は、呪術から生まれた怪物みたいに見えて、ただただ怖ろしかったけど……。
 今は、あの日の化け物の正体がわかってる。
 もちろん、この双頭ディルドゥの存在を知ったから。
 でも、見れば見るほど、グロテスクよね」

 双頭と云っても、直線の両端に亀頭を有する形状ではない。
 そのディルドゥは、クワガタの顎のような形をしていた。
 いや、正確に言えば、馬蹄形だが……。
 もっとも近い形は、布団挟みだろう。
 ベランダに布団を干す時、布団が風で飛ばされないよう、上から挟む器具だ。
 その布団挟みと同じく、ディルドゥは、基部を一つにしていた。
 根元は、樹木に出来る肉瘤のように盛りあがっている。
 むろんそれは、陰嚢を模した意匠だろう。
 そしてその瘤から、2本の男根が生えているのだ。
 1箇所から生えた男根は、互いに背きながら反りあがっている。
 しかし先端部では、亀頭が再び接していた。
 クワガタの顎が閉じた形だった。
 美里は、反り返る男根を、それぞれの手で握った。
 そのまま、眼前に掲げる。
 閉じた大顎の中に、美里の顔がすっぽりと収まって見えた。
 美里の口角が上がった。

 カン。

 バネ音が響いた。
 2つの亀頭が、わずかに離れた。

 カンカンカン。

 美里の両腕に引き離され、クワガタの大顎が開いた。

 このディルドゥは、高校時代、1人の女教師から受け継いだものだった。
 形見と言ってもいいだろう。
 もちろん、正式に渡されたものではない。
 美弥子が、遺品の中から黙って持ち出したものだった。
 誰かの手に渡ることが、忍びなかった。
 なぜならこのディルドゥに、美弥子はバージンを捧げたのだから。
 その後も、幾度となく犯された。
 このディルドゥを装着した女教師に。
 ディルドゥの肉色には、高校時代の愛憎が染みついているのだ。

「さて、これを着ければ、準備完了よ。
 いったい、どんな魔法が起きるのか……。
 じっくり拝見させてもらうわ」

 美里は、ディルドゥをテーブルに横たえた。
 白いテーブルに載せられた赤黒いディルドゥは、今にも起きあがりそうに見えた。
 美里は、後ろに引いた椅子を持ちあげると、離れた位置に置き直した。
 美弥子の前から障害物が消え、鏡までの視界が開けた。

「それでは……」

 美里は、再びディルドゥを取りあげた。

「あんまり焦らして、薬の効き目が切れたら大変。
 動けないうちに、仕上げなくちゃ」

 美里は、ディルドゥを抱えたまま、口角を上げた。
 そして……。
 消えた。
 目の前から。
 いや、身を屈めたのだ。
 くぐもった笑い声が、テーブル下から聞こえてきた。

「あの写真に、わたしは写ってなかった。
 離れて見てたのかなとも思ったけど……。
 違うわ。
 あの写真のわたしは、テーブルの下にいたのよ。
 そう。
 美弥子さんに、このディルドゥを装着させるために」

 カンカンカン。

 バネ音が響いた。

「ほら、もっと股を広げて。
 腰を前に。
 引っ張るわよ。
 よいしょ。
 ふふ。
 相変わらず、大きいクリ。
 ちょっと……。
 起ってるわよ。
 行く気満々じゃないの。
 あ、薬が切れかけてるのかな?
 それじゃ、急がなきゃ」

 ここで声が途切れ、間があった。

「ふぅ。
 太っとい。
 わたしのフェラで濡らしてあげたからね。
 痛くないわよ。
 それじゃ……」
「あぅぅ」

 陰唇に、巨大な異物を感じた。
 襞を左右に分けながら、異物がめりこんで来る。

「あぐぐ」
「それじゃ……。
 いってらっしゃい。
 美弥子さん。
 あの……。
 放課後の……。
 向こうがわへ」
「がっ」

 巨大な肉棒が、胎内に貫入した。
 テーブルの向こうで、鏡面が揺れていた。
 揺らめく鏡の面に……。
 黄色い明かりの灯る室内が、ゆっくりと浮かびあがって来た。




本作品のモデルの掲載原稿は以下にて公開中です。
「川上ゆう」 「結」 「岩城あけみ」

《説明》
杉浦則夫の作品からインスピレーションされ作られた文章作品で、長編連載小説のご投稿がありました。(投稿者 Mikiko様)
本作品は毎週日曜日に公開される予定となっておりますので、どうぞお楽しみに。
前作を凌ぐ淫靡と過酷な百合緊縛!「川上ゆう」さん、「YUI」さん登場予定作品です。
時を越え、再び出会った美里とあけみ。現在に戻った美里は、さらなる花虐へと誘われていく…。


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