放課後の向うがわⅡ-8


「理事長、この子、憶えてます?」
「……」
「残念ね、美里。
 どうやらあなた、記憶に残ってないみたい。
 もっとも、そんな格好だもんね。
 下半身裸の女生徒なんて、記憶の中の顔と繋がらないかも。
 理事長。
 ちょっと前に、転入生の面接をなさったでしょ。
 その子ですよ」
「岩城先生。
 どうして……。
 どうしてその子まで」
「あらやだ。
 わたしが、この子をどうにかしたとでも?
 この子は、自分でパンツまで脱いだんですよ。
 わたしと同んなじ姿になりたいって。
 それに……。
 理事長を吊り上げたのも、この子なんです」
「そんな……」

 理事長と目が合った。
 わたしは、かぶりを振った。
 確かに吊り上げたのはわたしだけど……。
 吊り荷が理事長だったなんて、知らなかったんだもの。

「ほら、美里。
 見てごらん、このお腹。
 スゴい括れでしょ」

 背中で両腕を戒めてる縄が、ウェストの両脇から前に回ってた。
 縄は、張り出した腰骨に食いこみながら絞られ、股間で1本に束ねられてる。
 撚れ絡む縄は、そのまま脚の間を通って、梁まで伸びてた。
 つまり、理事長の全体重が、その縄の束に掛かってる。
 キツく食いこむ縄で、理事長のお腹は、V字を逆にした形に括れてた。

「ほら、この腹筋」

 先生の指が、理事長のヘソの脇をなぞった。

「あぅっ」

 理事長の身体がうねり、縄を渡した梁が軋んだ。
 お臍を挾んで両側に、筋肉の割れ目が浮きあがった。

「さすがね。
 水泳や乗馬で鍛えてらっしゃるから。
 女性のこんなお腹、初めて見たわ」
「く、苦しい……。
 下ろして」
「眠らされてる間に縛られて……。
 気がついたら逆さ吊り。
 さぞ、驚いたでしょうね。
 でも、縛るの、けっこうタイヘンだったんですよ。
 縛りってのは、縛られる側の協力が無いと、とっても難しいの。
 やっと完成したオブジェなんだから……。
 そう簡単には下ろせません。
 美里、カメラ取って来て」

 先生は、壁際のテーブルを指さした。
 例の、ポラロイドカメラが置かれたテーブル。
 先生の指先を辿った理事長の視線が、わたしを向いた。

「あなた、止めて。
 止めさせて!」
「あら、理事長先生。
 この子の名前、覚えてらっしゃらないの?
 こないだ、面接したばっかりでしょ?」
「ミサトさん、お願いだから、止めて」
「はは。
 名前の方は、さっきわたしが呼んでたものね。
 苗字は?」
「……、ごめんなさい」
「美里、カメラ。
 出来上がりを、モデルさんにも見て欲しいから……。
 ポラロイドね」

 わたしは、縋りつく理事長の視線を逃れるように、後ずさった。
 視線の呪縛を逃れると、身を翻して、デスク前に立った。
 ポラロイドカメラは、厚い洋書みたいな形に折り畳まれてた。
 銀色の躯体に、茶色い革が張られてる。
 取り上げると、ずっしりと重い。
 わたしは、冷たいカメラを胸元に抱きしめた。
 あの、木造校舎の記憶を抱くように。

「何してるの。
 早く持って来て」

 胸元に乳飲み子を抱えるようにして、先生の元に戻った。
 なぜ、理事長ではなく、あけみ先生の言うことを聞いたのか……。
 わたしにも、よくわからない。
 でも、あの放課後の向うがわにあった世界が……。
 あのときのわたしを支配してた。
 だから、あの世界を一緒に体験した先生が、わたしにとっては特別な人だったのかも。

 先生は、わたしからカメラを受け取ると……。
 お弁当箱にライターが貼り付いたみたいな出っ張りに手をかけた。
 その出っ張りを、マジシャンみたいな手つきで引き上げると……。
 折り畳まれてたカメラは、一瞬にして立体的なフォルムを獲得した。

「今日は、ストロボも要るわね。
 美里、机の引き出し。
 早く行って。
 そう、そこの一番上。
 それそれ。
 今、手に取ったやつ。
 持ってきて」

 それは、薄青い、アイスキャンディみたいな形をしていた。
 キャンディの中に、電球が並んでる。

「フラッシュバーって云うのよ」

 先生は、バーを電球にかざした。

「綺麗でしょ。
 電球が、裏と表に5つずつ並んでる。
 この電球はね……。
 発光すると、ひとつずつ潰れるの。
 つまり、10回しか使えないストロボね。
 儚ないっていうか、潔いいって云うか……。
 昔の機械って、愛しいよね。
 ポラロイドのフィルムだって……。
 間違ってシャッター押したら、1枚使っちゃうわけだし」

 先生は、キャンディみたいなバーを、カメラの上に、横向きにセットした。
 バーの長さはカメラの横幅と同じだった。
 儚い電球を装着したカメラは、オモチャのロボットみたいに見えた。

「さ、モデルさん。
 カメラの準備が出来たわよ。
 こっち向いて」
「いや……」

 理事長は、カメラから顔を背けた。
 逆立った長い髪が揺れた。

「素直じゃないわね」

 先生は、背けた顔の方に回りこんだ。
 理事長の顔が、また逃げた。

「もう。
 さっきも言ったでしょ。
 このストロボ、無駄玉は打てないのよ。
 じっとして」

 もちろん、理事長はその言葉に従わなかった。
 先生の動く方向とは逆に、顔を振り向ける。

「頭にきた。
 そういう悪いモデルさんは、お仕置きね」

 先生は、構えてたカメラを下ろすと、理事長に近づいた。
 逆さに吊られた理事長は、顔を背けることは出来ても……。
 体ごと捻ることは出来ない。
 もちろん、すぐ脇に立つ先生から逃れるすべはない。

「美里、こっち来てごらん。
 ほら、綺麗なおっぱい。
 でも、可哀想にね。
 こんなにひしゃげて」

 乳房の周りを、縄が締めつけてた。
 上下に幾筋も走る縄で、乳房は生クリームの絞り袋みたいに潰れてる。
 でも逆に、砲弾みたいな形に尖ってた。

「それほど大きくは無いけど……。
 ほんとに綺麗なおっぱい。
 乳首も、濃い目のファンデみたいな肌色だし。
 遊んでるはずなのにね。
 ほら、乳輪だって……。
 朧月みたい。
 綺麗な満月。
 なんだか、腹が立ってくるわね。
 理事長、このおっぱい、自慢なんでしょ?」

 先生は、理事長の顔を見下ろした。
 理事長は、顔を背けたままだった。

「答えない気?
 お立場がわかってらっしゃらないようね。
 逆さに吊られながら反抗的な態度を取ったら、どうなるか……。
 教えてさしあげますわ」

 先生の片手が、理事長の乳房に伸びた。
 指先が、乳首を摘む。
 力が籠もった。
 蛍が灯るように、爪が白く色を変えた。

「痛いぃぃ」

 理事長が髪を振り立てた。

「悪い子の乳首は、グリグリ」

 先生は、摘んだ指先を左右に捻った。
 そのまま、引っ張りあげる。

「ほーら、伸びちゃった。
 理事長、形が崩れちゃいますよ」
「止めてぇ」
「じゃ、言うこと聞きます?」

 先生の指先が、乳首を離れた。

「あれ?
 理事長。
 こっちの乳首、起ってません?」
「違います!」
「違わないわぁ。
 美里、ほら見てごらん。
 同じじゃないわよね。
 反対の乳首と」

 言われてみればって感じだけど……。
 引っ張られた乳首は、もう片方より突き出て見えた。

「起ってるでしょ」

 わたしは、思わずうなずいてた。

「ウソよ……」
「まだ、そんなこと言ってるの。
 そういう子には……。
 本格的なお仕置きが必要ね。
 いいこと思いついたわ」

 先生は、ウィンチの机の間を縫って、部屋の奥に向かった。
 電球から遠ざかった背中が、薄暗がりに沈んでいく。

「この部屋、ほんとに写真部の部室に打って付けなのよ。
 水が出るんですもの。
 現場監督に教えてもらったんだけど……。
 ここに、カウンターバーが付く予定だったらしいの。
 ほんとにふざけた理事会室よね。
 残念ながら、カウンターの搬入前に、工事が止まっちゃったけど……。
 シンクだけは、こうして付けられてたってわけ。
 さらに、この奥には……。
 いろんな楽しいガラクタが転がってるの。
 早い話、物置代わりに使ってるってことよね。
 不要になったガラクタが、ここに押し込められて来たわけ。
 3年も経てば、いろいろ集まるわよ。
 ほら、畳まであるんだから」

 先生の指の先は、壁際に立てかけられた畳を指してた。
 畳は、小部屋を敷き詰めるくらいの枚数があった。

「どうしてこのロココ調の建物に、畳があると思う?
 現場監督に設計図を見せてもらって、呆れたわよ。
 理事長室には、茶室があったのよ。
 現場監督には……。
 ヨーロッパで知り合った友人を招待するときに使う大事な部屋だって、得々と語ってたそうよ。
 早い話、驚かせて自慢したかったんでしょ。
 で、その茶室に一旦入れた畳を、総入れ替えしたのね。
 い草の色合いが気に入らないとかでさ。
 でもこの畳、サイズが微妙に市販品と違ってるらしいの。
 茶室って言っても、ロココ調の尖塔部分に、無理やりくっつけた部屋だから……。
 日本間の寸法とは違うのね。
 だから畳も、部屋に合わせた特注品ってこと。
 当然、返品も利かない。
 で、一部屋分の畳が無駄になっちゃったってわけ。
 サイズが違うから、茶道部の部室とかに払い下げるわけにもいかないし。
 結局この部屋に投げ込まれたまま……。
 せっかくのい草の色も、すっかり色褪せちゃったってわけ。
 ほんと、宝の持ち腐れってこのことよね。
 そうでしょ、理事長?」


本作品のモデルの掲載原稿は以下にて公開中です。
「結」 「岩城あけみ」

《説明》
杉浦則夫の作品からインスピレーションされ作られた文章作品で、長編連載小説のご投稿がありました。(投稿者 Mikiko様)
本作品は7/13まで連続掲載、以後毎週金曜日に公開される予定となっておりますので、どうぞお楽しみに。
前作を凌ぐ淫靡と過酷な百合緊縛!「川上ゆう」さん、「YUI」さん登場予定作品です。
時を越え、再び出会った美里とあけみ。現在に戻った美里は、さらなる花虐へと誘われていく…。