かんなさんの緊縛画像を見て 後編

236枚目。
縄にも撮影にも慣れてきた頃だった。
身体から力が抜け、自然体になっていた。

251枚目。
それを感じ取られたのか、突然の指示が飛ぶ。
「浣腸道具を持ってこい!」
えっ?と思ったが、脚を押し曲げられ固定される。

ぶん注:
撮影において事前の打ち合わせは無い、との事。
無論、浣腸においても例外ではない。

254枚目。
両脚を折り曲げられ、固定される。
受け入れざるを得ない姿勢。
そこに無慈悲に管を挿入される。
無論、抗う術が無い。
恥を晒すには十分過ぎる量が準備されていた。

267枚目。
浣腸が終わり、まだ違和感の残る尻穴を感じながら横たわる。
先程まで感じていた「慣れ」は既に消し飛び、
これからの縛り、責めに身を硬くする。
望んだ世界、しかし、想像していたよりも厳しい世界だった。
演技などというものは通用しない。
自分自身、そのものを曝け出される。
身体も隠せないが、それ以上に心が隠せない。

285枚目。
立ち縛り。
もちろん、これだけで終わるはずもない。
脚に巻きつく縄に心地良さを感じられるのは一瞬。

294枚目。
M字に吊られる。
全体重が縄の掛かった部位に掛かる。食い込む。
しかし、心の奥では「もっと!」と叫び始めていた。

304枚目。
下ろされてからも、非常に厳しい姿勢。
身動きできず、オブジェになる。
どう写っているか?など、考える余裕はもう無い。

ぶん注:
私はこの一枚がかなり好きです。
まさにオブジェ。このまま何時間でも眺めていたい。
それがムリならば、写真として額に入れて飾っておきたい。
そんな一枚。

321枚目。
再び、宙に浮く。
体力の限界との勝負。いや、もはや体力は限界に来ていた。
しかし、本能が求める。本能と理性のせめぎ合い。

333枚目。
それを見透かされたのか、更なる責めで追い込まれる。
全く身動きの出来ない状態での蝋責め。
縄が軋み、身体は悲鳴を上げる。
熱さと、食い込む縄の痛み。
理性が入る余地が無くなり、本能が悦ぶ。
体力の限界、しかし甘美な刺激。

356枚目。
下ろされて、蝋責めが続く。
ピンと伸ばした脚が美しい。
垂らされる蝋の熱さ、適度に拘束の残る縄。
これ以上に幸せな時間があるんだろうか?
もっと見て下さい!という心の叫びが聞こえてくる。

360枚目。
縄を解かれ、全ての緊張が解けた一枚。
最初にあった緊張の顔はすっかり消え、まるで少女のよう。
緊縛されて、心は開放されるというけれど、まさにそんな感じ。

363枚目。
再び、縄が掛かる。
その縛りを楽しみ、味わっている。
実に幸せな時間。

373枚目。
いよいよクライマックス。
逆さ吊り。
頭に血が上る。でも、心地良い。
今は、いつまでもこの責めを受け続けていたかった。

398枚目。
ラストシーン。
まだ興奮状態にある頭と身体と会話しながら、
最後の縄の感触を楽しんでいた。
陰影と相まって、実に美しい一枚。

素人モデルだからこそのリアル。
その時の緊張や興奮が伝わってくる。
それが迫力となって絵に表れる。

まさに人生そのもの。
生きざま、そのもの。

縄の世界に堕ちたら、二度と戻れないとは言うけれど、
この作品を見たら、まさにその通りだと思う。

縛り手は、二度と戻れないようにするのが、役目。
それが縛る側の覚悟であると実感する。

そして、そこに飛び込んだのなら、
全てを使い切られて堕とされる。それがM女の覚悟。

それが幸せだというのなら、
こちらも全力で臨むべきだと、改めて思った。

いいものを見させてもらいました。
ありがとう。

上記作品は、
緊縛桟敷キネマ館にて掲載中

杉浦則夫緊縛桟敷 より原稿掲載

緊縛blog – ぶん。

思い出

木戸銭を払ってストリップを見るのは50年ぶりのこと、東京に大学受験に来たおりに兄に連れられて浅草ロック街の浅草座をみた、座椅子50席ほどの小屋に150人ほど入り冬にもかかわらず人意気で暑かった、踊り子さんは20名ほどいた、初めて見る女の裸、うしろめたい恥ずかしさとピンクの照明に照らされた乳房のきれいさに圧倒され前にいるおじさんの肩越しに見つめていた、大きな舞台ではないが4、5人のバンドが入りチンドン屋を少しうまくしたような哀愁のある音を奏でていた、フィナーレには総勢の踊り子さんが息のあったかけ声と腰をふりふり狭い舞台をいっぱいに大輪の花をつくっていた。受験に失敗して九州を放浪しなんのことはないストリップ劇場で働くのであるが、その頃はソロ、群舞と振り付け師がいて演歌などの曲にのせた振り付けをしていた。今日のはすごかった、アップテンポに観客も踊りを盛り上げるように手拍子をする、このようにお客ののりがいいと踊り子のサービスがよくなることを客は十分心得ているようだ、(見上手)アゲハは空中に仕掛けた120cmほどの輪に脚を胴をからませ狂わんばかり激しくパホーマンスする、あまりに激しくスピードのある動きに落下するのではないかとヒヤヒヤ見ていたが、いっこうに平気なようで舞台に降りてもまたひときははげしく姿態をくねらす、半世紀前とはかくも変わり現在の見物は格段の差でみごたえがあるように感じた。
今日は7名の踊り子さんが出演していましたが私の時間の都合でアゲハ他1名を見ただけの感想です。

杉浦則夫緊縛桟敷 より原稿掲載

鏡堂みやび秘画展「南無阿弥陀仏遊戯」

いつ終わるとも知れない猛烈な残暑のさなか、地獄の断酒を続ける瀕死のアル中画家の生前回顧展開催中。
乞う来場御報謝。ただし酒類差し入れお構いだな。
みやび拝

森川マリの緊縛画像を見て

日本人離れした、という枕詞があるが、
その言葉が実によく当てはまる凄いスタイル。
そのスタイルだけでも才能と言える。

10枚目、縄を掛けられて立つ姿だけでも、
マリの魅力は十分に伝わってくる。
これだけで絵になるというのは凄い。

しかし、そこから先、なかなかマリの内面が見えてこない。
何というか、美しすぎるのである。

デッサンモデルもこなしているというが、
まさにそんな感じで、仕事として臨んでいる印象を受ける。

とは言え、136枚目あたりの完成度は、
他のモデルでは得られない素晴らしいものだと思った。

167枚目あたりのポーズの美しさも、
緊縛美と呼ぶのが正解なのか、
それともマリの美しさに縄が巻きついているという感覚なのか、
もう少し、マリの内面、21歳の女の姿を見たいと思っていた。

それが少し垣間見え始めたのが、210枚目。
予定調和だった均衡が崩れ始める。
おそらく体力的にもそろそろ疲労が見え始める頃だったのだろう。

片脚を吊られ、アンバランスになっていく事に、
マリ自身の本能が、何かの警鐘を鳴らしていたのだと思う。

214枚目。
それまで見られなかった、不安の混じった表情が浮かぶ。

完全な吊りに移った時、その不安が的中する。
285枚目では、それまで見せる事の無かった苦悶の表情。

330枚目では、敏感なそこに食い込む縄に戸惑う表情が見える。
いよいよマリの内面が表に出てきた事で、現場に熱が入るのが伝わってくる。

食い込む縄に耐えるために、脚を折り曲げているのを、
厳しい指示で、脚を伸ばすように伝えられる。
そんな事をしたら、もっと食い込むのに・・という、思いが見える。

そう、読者はこれを待っていた。笑

そこから逆さ吊りに移行。一気にクライマックスへ。

見事なプロポーションと、厳しい縛りのコラボとなり、
理屈抜きで、迫力のある画像が続く。

吊られたまま、姿勢を変えられる。
体力の限界との真剣勝負。

394枚目。実に厳しい縛りながら、実にいい表情。
最初の頃にあったデッサンモデルの表情が消え、
「女:マリ」の表情だけが見えていた。

次なる機会があるのなら、
もう少しNGを緩めて、撮影に臨んで欲しい。

どんなシチュエーションを用意すれば、
彼女の魅力が120%引き出されるのか、
それは素人の私には想像も出来ない世界だけれど。

上記作品は、
緊縛桟敷キネマ館で掲載中です。

杉浦則夫緊縛桟敷 より原稿掲載

緊縛blog – ぶん。

かんなさんの緊縛画像を見て 前編

素人さんがプロの方に縛られ、撮影されるのは、どんな気持ちなんだろう、
とは、私もよく考える議題。

自分が女に生まれていたら、そんな決断は出来ただろうか。

そんな妄想をする事があるから、
その緊張感が痛いほどに伝わってくる。

28枚目、
縄が足されていった後、外気に身体が晒される。
この時、状況の変化に頭の中は追いついていたのだろうか?

40枚目、緊縛にも身体がなじんできた頃、
突如として均衡を破られる。
その刺激は、あまりにも甘美で、そして残酷だった。

素のかんなが現れる。抑え切れない。
緊張した足指が、状況を痛いほどに伝えてきていた。

52枚目、もう堪え切れない。
手が空を彷徨い、何かにすがろうとしていた。
間もなく訪れる絶頂・・
緊縛されて迎える絶頂に、頭が混乱する。動揺する。

72枚目、抑えていた絶頂の波がいよいよ押し寄せる。
白日の下、緊縛された姿を多くのスタッフに晒し、
かんなの人生で、もっとも深い絶頂が訪れる。

75枚目、イったばかりなのに、続けざまに押し寄せてくる。
もう、為す術は無かった。

思い切りイったのを見て、一旦解放される。

112枚目、今度は視界を奪われる。
別の男が、先程まで痙攣するほど感じていた場所に触れてくる。
覚悟も決まっていないのに、次々と責め立てられる。

121枚目、挿入しやすいようにと、前傾姿勢を取らされる。
先程まで濡らしまくっていたそこを見られてしまう。
自分がどれほどに感じてしまっていたかを見られてしまう。
しかし、本能は次の責めを求めていた。
否定できない・・。流される・・・

132枚目、あまりにも濡れていたそこは、張り型をたやすく飲み込んでしまった。
気持ちよすぎる・・。
あまりの衝撃に、困惑よりも先に流されていた。

139枚目、痛いほどに尖っていた乳首まで弄られる。
追い込まれる。恥ずかしさと気持ちよさが交互に押し寄せる。
縄の魔力だけでも十分過ぎたのに、期待していた事(責め)も、
期待以上の快感となって襲ってきていた。
長年求めていた世界。恥ずかしいほどに感じていた。

177枚目、目隠しを外され、自分の痴態を見せられる。
大勢のスタッフがいた事を、改めて目の当たりにする。
先程まで、完全に素の自分だった事に愕然とし、茫然自失。

196枚目、今度はそれを自覚した上で、再度責められる。
もう止まらなかった。
見られながら、追い込まれる。
心がその責めを求めていた。
皆に見られながら、かんなは思いっきりイった。

自分の思いに重ねながら、彼女のイキざまを見る。
自分がこうされたい、と思うから、相手を責めきれる。

緊張も何もかもを吹き飛ばしてしまう縄の魔力。
そこに責めが加わったのなら、
32歳という経験なんか、何の役にも立たなかった。

上記作品は、
緊縛桟敷キネマ館にて掲載中

杉浦則夫緊縛桟敷 より原稿掲載

後編に続く→

緊縛blog – ぶん。