偶然が撮らせた一枚、今私はこれを選ぶ
まず誰もが食い込んだ股縄に目を奪われると思う、つぶさに見つめるとわたしのわずかに盛り上がった大淫しの陰影はまるで少女のように初々しい、真っすぐ伸びた脚はつま先で全体重を支えようと足指を畳にくいこむがごとくに力をいれているその指のエロチック開き具合、爪先を下ろせば体を支える力は股縄にかかり容赦なく女の秘部を締め上げ責める、脚もぜんたいが見えるのではなく和服のかかりかたが視線をのぞき見させるような効果をもっている、私のきにかかるワンカット。
偶然が撮らせた一枚、今私はこれを選ぶ
まず誰もが食い込んだ股縄に目を奪われると思う、つぶさに見つめるとわたしのわずかに盛り上がった大淫しの陰影はまるで少女のように初々しい、真っすぐ伸びた脚はつま先で全体重を支えようと足指を畳にくいこむがごとくに力をいれているその指のエロチック開き具合、爪先を下ろせば体を支える力は股縄にかかり容赦なく女の秘部を締め上げ責める、脚もぜんたいが見えるのではなく和服のかかりかたが視線をのぞき見させるような効果をもっている、私のきにかかるワンカット。
先生の解説に思わず唸らせれました。
写真の解説は、撮影した本人がするのが最も的確でわかりやすく、間違いないということを証明してくれています。
それにしてもこれが偶然撮らせた1枚とは。
連続撮影されたうちの中の1枚なのでしょうが、単に直感とイマジネーション、さらに思い込みで文章を書いている私なら、絶対に先生が狙って撮影した傑作カットとするところです。
しかし、基本的に厚顔無恥な私は、自分の書いた文章が、それは全く違うといわれても、なんら恥じるところはありません。
本物の写真には、撮影者の意図しない要素をも数多く内包し、それを感じ取ったものが自由に感動、表現、さらには遊べるだけの余裕をも持ち合わせているからです。
早乙女宏美さんのお話ともつながりますが、とりあえず裸の女性を縄で適当に縛って、バイブをあそこに突っ込んどけばSMだろうという、緊縛やSM、さらには縛られる側の女性に対して何の理解も愛情も感じられない、安易なグラビア、ビニ本、裏本のたぐいには、私は全く興奮したことはありませんし、何度見てもなんらのイマジネーションも沸いてきません。
制作する側のなによりの喜びは大向こうからの拍手である、金だ名誉だなんてくそくらえ、一瞬でいいのだ喜びたいのだ、だがたまにはおしかりも辛いスパイスがきいていいではないか、天よ地よ神よ撮らさせたまえ