放課後の向うがわⅡ-31


 理事長のお尻が、怯えた犬みたいに下を向いた。

「ほっほっほ」

 女王さまは、全身を揺らしながら笑った。
 その刹那……。
 わたしの身体に電撃が走った。
 女王さまが身を折った拍子に、ロウソクの炎の輪が、胸元まで照らしたの。
 女王さまの胸から下がるペンダントが、炎を返して揺れてた。
 そのペンダントには、見覚えがあった。
 まさか……。
 もっとよく見ようと、思わず身を乗り出した。

「誰!」

 女王さまの顔が、真っ直ぐにこっちを見てた。
 気づくと、わたしの上体は、鏡の陰から半分も出てた。
 女王さまの目は、目深に被った帽子で見えなかったけど……。
 その瞳が、わたしを射抜いてることは間違いなかった。
 メデューサに見詰められたように、わたしの身体は石に変わった。

「なんだ。
 観客がいたんじゃない。
 そんなところに隠れてないで、出てらっしゃいよ。
 特等席にご案内するわ。
 かぶりつきよ。
 あ、それよりも、舞台に上がってもらった方がいいか。
 まな板ショーね。
 さ、いらっしゃい。
 ほら、ゆい。
 観客にご挨拶なさい」

 女王さまの視線が、うずくまる理事長に落ちた。
 女王さまの手が、理事長の髪を掴んだ。
 理事長の頭が引き起こされる。
 メデューサの視線が逸れ、呪縛が一瞬だけ解けた。
 同時に、わたしは床を蹴ってた。
 理事長に顔を見られるわけにはいかない。
 ブルーシートの裾を、滑り抜ける。
 靴を拾い忘れたことに気づいたけど、もちろん取りに戻るわけにはいかない。
 今にも、背中に女王さまの影が差す気がして、振り返ることさえ出来なかった。
 理事会室の扉を抜けたところまでは覚えてる。
 でも、その後、どうやってあの塔を抜けて来たのか……。
 記憶が定かじゃないの。
 でも、女王さまは追って来なかった。
 ま、あの格好じゃ、塔の外には出れないわよね。

 ふふ。
 ちょっと幕間が長くなっちゃったようね。

「さて、美里ちゃん。
 ここで質問です」

 あけみ先生が語る、不可思議な世界から抜けきれなかったわたしは……。
 突然名前を呼ばれ、ようやく夢から醒めた。
 思えば今、その奇妙な話の舞台だった理事会室に……。
 登場人物が、そのままいるんだ。
 出で立ちもそのままに。

 あけみ先生の衣装は、下半身だけ無くなってるけど……。
 理事長と川上先生は、その時と同じ縄だけ。
 先生のお話と違うのは、縄の打たれ方。
 理事長は仰向けにされ、股が裂けそうなほど脚を広げられてる。


 川上先生は、蜘蛛の巣に絡められたようにぶら下がってる。


 お話の登場人物で、ここにいないのは女王さまだけ。
 その再現された舞台に、自分も立ってることに改めて気づき、わたしは身震いした。

「あの女王さまは、誰だったでしょう?
 はい、即答」

 そんなこと言われても、答えようが無い。

「そうね。
 もうちょっと、補足が必要か。
 女王さまのしてたペンダントに、見覚えがあったって言ったでしょ。


 紫色の、大きなペンダント。
 普通の服装では、とても着けられないデザイン。
 吊るしてるのも、チェーンじゃなくて、紐だったし。
 でも、あの日の女王さまのコスチュームには、とっても似合ってた。
 見覚えがあるどころの話じゃないの。
 だって、あのペンダントは……。
 わたしが、ともみさんにプレゼントしたんだもの。
 あの14年前の旧校舎で、わたしの手からともみさんに渡ったものなの。
 見間違いなんかしようもない。
 あれと同じものは、2つと無いわ。
 なぜならあれは、わたしの手作りだったんだから。

 高校のころの夢は……。
 ピアニストかジュエリーデザイナーになることだった。
 結局、この学校に残るために、音楽教師になっちゃったけど。
 ま、それくらい手先が器用だったのよね。
 で、お小遣いをはたいて材料を買い、一生懸命作った。
 ともみさんは喜んでくれたわ。
 わたしがあげたペンダントを、ともみさんはずっと持っててくれてるはず。
 わたしはそばにいられないけど……。
 わたしの作ったペンダントは、ともみさんと一緒にいる。
 それが、14年間、待ち続けられた支えでもあった。
 それが、なぜ!
 なぜ、ともみさんのペンダントを、あの日の女王さまが着けてたの?

 女王さまに見つかったとき……。
 どうしてあの場にとどまって、そのわけを聞きたださなかったのか……。
 後になって、どれだけ悔やんだか。
 でも、あの時は……。
 恐怖と混乱で、まともな思考ができる状態じゃなかった。

 逃げ帰ってから、さんざん考えたわ。
 ともみさんのペンダントを、女王さまが持ってたわけを。
 女王さまに、あげちゃったんだろうか……。
 いや、そんなはずは無い。
 わたしのともみさんが、そんなことするはずがない。
 そんなら、どうして?

 泣きながら考えぬいて……。
 出た答えは、ひとつだった。
 そう。
 あの女王さまは、ともみさんその人だったのよ。
 ふふ。
 なんでそんなことに気づかなかったの?、って顔してるわね。
 だって、年齢が、ぜんぜん違ってたんだもの。
 わたしの知ってるともみさんは……。
 大人びてはいたけど、それでも高校生だった。
 でも、あの女王さまは、今のわたしと同じくらい。
 間違いなく、30歳前後の女性よ。

 わたしは、ピアノをやってるせいか、人の手にすぐ目が行くの。
 女性の年齢はね……。
 顔は、ある程度お化粧でごまかせても……。
 手の甲だけは隠せない。
 テレビの女優さんを見ても、顔はほんとに若々しいのに……。
 手の甲に、無残な血管が浮いた人っているでしょ。
 高校生のともみさんの手は、ほんとに綺麗だった。
 血管なんて、ぜんぜん見えない。
 お餅を被せたみたいに、つるつる。
 でも、あの女王さまは違った。
 それなりに血管が浮いた、大人の女性の手をしてたわ。

 なら、どうしてその人がともみさんなのか……。
 わかる?
 つまり、あの女王さまは、30歳くらいになったともみさんだったってこと。
 ともみさんはね、時間を越える能力を、大人になってからも持ち続けてるわけよ。
 きっと、あの旧校舎にあなたが呼び寄せられたのも……。
 ともみさんがつくる磁場に、引きこまれたせいかも知れないね。

 すなわち、時間旅行をしてるのは、高校生のともみさんだけじゃない。
 30歳のともみさんも、時間を越えてるんだってこと。
 はは。
 信じられないって顔してるわね。
 わたしもほんとは、半信半疑。
 ともみさんがわたしを見て、あけみだって気づかなかったのも、ちょっとショックだったし。
 それよりなにより、どうしてわたしのところじゃなくて……。
 この2人のところに来てるの!
 それが一番、許せない!」

 裸電球の明かりに照らされたあけみ先生の顔には……。
 狂気の翳が差してるように見えた。

「で、今日は……。
 ともみさんを、もう一度呼び出してもらおうと思って……。
 ここに来たのよ。
 美里、あなたはその証人として呼んだの。
 わたしは、14年も経って変わっちゃったけど……。
 あなたは、旧校舎に行ったときのままだもんね。
 ともみさんも、絶対に覚えてるはずだから。

 さて、理事長先生。
 長々とわたしの独演をお聞きくださって、ありがとうございました。
 これからは、存分に語らせてさしあげますわ。
 イヤでもね。
 さ、どうなの?
 あの女王さまは、いったい誰?」

 両脚を一杯に拡げられた理事長は、背中に潰される腕が苦しいのか……。
 ときおり上体を捻り、背中を浮かせてた。
 身悶えてるようにも見えた。
 視線はとりとめなく彷徨い、意識が混濁しかけてるみたいだった。


「ふふ。
 大股開き、苦しそうね。
 自分で開くのは、大好きなくせにね。
 じゃ、ちょっとお色直ししてあげようか。
 美里、机の下の縄、取ってくれる」

 あけみ先生は、理事長の足首を戒める縄を解いた。
 でももちろん、理事長を解放するためじゃなかった。
 先生は、理事長の脚を膝で折ると、荷造りするように縄を掛け始めた。
 理事長の脚は、太腿とふくらはぎが密着するほどに畳まれた。
 あっという間の手際で、両脚がハムみたいに括られた。
 両足の裏が、股間の下で合掌してる。

「ずいぶん、おとなしくなったものね。
 暴れたから、また薬が回ったのかしら?
 じゃ、いい子にしてたご褒美あげましょうね。
 美里、また机のとこに行って。
 天板裏の薄い引き出しに、鍵が入ってるから。
 そう、それ。
 その鍵で、右の引き出し開けてごらん。
 開いた?
 そしたら、一番上を引いて。
 ははは。
 驚いた?」

 深い引き出しの中には、さまざまな色彩が、オモチャみたいに溢れてた。
 でも、子供のオモチャよりも色合いが暗く、毒々しい感じがするものが多かった。
 ウブなわたしでも、それが何かはわかった。
 そう。
 それは、大人が使うオモチャ。
 男性の陰茎を象ったものやら、大きさの違うボールを数珠つなぎにしたもの。
 深い引き出しの中で、それらは息づいて蠢いてるように見えた。

「わたしのコレクションの、ほんの一部よ。
 どれでもいいから、選んでみて。
 なんなら、自分のに入れて試してみてもいいけど。
 でも、ひょっとしてあなた……。
 バージン?
 どうしたの?
 恥ずかしいことじゃないでしょ。
 あなたの歳だったら、わたしだってバージンだったわ。
 ま、でも、こんなとこでバイブにバージン捧げることも無いわね。
 大事になさい。
 さ、どれかひとつ選んで。
 理事長のために。
 あなたの気に入ったのでいいのよ」


本作品のモデルの掲載原稿は以下にて公開中です。
「川上ゆう」 「結」 「岩城あけみ」

《説明》
杉浦則夫の作品からインスピレーションされ作られた文章作品で、長編連載小説のご投稿がありました。(投稿者 Mikiko様)
本作品は毎週日曜日に公開される予定となっておりますので、どうぞお楽しみに。
前作を凌ぐ淫靡と過酷な百合緊縛!「川上ゆう」さん、「YUI」さん登場予定作品です。
時を越え、再び出会った美里とあけみ。現在に戻った美里は、さらなる花虐へと誘われていく…。